私たちが目的を見失う理由

はじめに

「あれ、この仕事ってそもそも何のためにやってるんだっけ?」

「この作業って何の役に立つんだ?」

「結局、何がしたいんだっけ?」

人間の行動と心理に関する興味深い疑問の一つに、「なぜ人は目的を見失うのか」というものがあります。我々が何か行動をする際に、目的というものは最も大切と言っても過言ではありません。しかしながら、私たちが目的を達成するための手段を取っている過程で、元々の目的を忘れるといったことが往々にしてあります。

この現象は、手段の目的化と表現されることもあります。では、なぜこのような状況が生じるのでしょうか?

この記事では、この問いに対する私なりの考えを書いてみます。

手段の目的化

人間は目的を設定し、それを達成するための様々な手段を講じます。しかし、このプロセスの中で、本来の目的よりも手段に焦点を当てるようになることがあります。

例えば、社会をよくするために仕事をしていた場合、初めはそのために努力しますが、時間が経つにつれて仕事そのものが目的のように感じられるようになります。自分の人生を豊かにするために仕事をしていたはずが、気付けば仕事によって人生の大半を制限されている場合もあります。

脳の容量と目的意識

この現象の背景には、人間の脳の機能が関わっています。脳は常に情報を処理し、必要な記憶を保持するために、限られた容量を効率的に使う必要があります。

もし目的を絶えず意識していると、その分脳の容量を消費することになります。したがって、脳は自動的にその負担を減らすために、短期的な目標や手段に焦点を移すようになります。この時、脳は一時的に目的をその記憶領域から消していることになります。

目的と作業の関係性の一時的喪失

しかし、このプロセスには重要な副作用があります。脳がその記憶領域から目的を消している間、目的と今行っている作業の関係性も一時的に失われることになります。

この、目的と作業の関係性が失われている時間が長く続くと、徐々に我々は目的から逸脱して目の前の作業に没頭していくことになります。これは健康を目的として運動を始めた人が、いつの間にか摂取カロリーの制限や運動量の追求に夢中になっているような状態です。この状態が長く続くと、ついには健康そのものを忘れてしまうこともあるでしょう。

生存のための集中力

このメカニズムは、人間が生き残るために進化した結果といえます。

例えば、古代人が狩りをしているときには、目の前の獲物を捕らえることに集中する必要があります。もし彼らが大きな目標(例えば、部族を繁栄させること)に思いを馳せていると、狩りの最中に集中力が散漫になり、命の危険に晒される可能性があります。

現代人も同様に、目の前の作業に集中するために大局的な目的を忘れていると考えることができます。

結論

目的を見失うことは人間の脳が効率的に機能するための自然な過程ですが、その副作用として目的と行動の関係性が一時的に失われることになります。我々はこの現象をしっかりと理解し、定期的に目的を見返すことが必要なのでしょう。