TOEIC200点台で海外出張行ったら詰んだ(その2)

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シカゴ空港でケインコスギに謝る

なんとか地獄の入国審査を突破し、シカゴ空港での乗り換えに挑んだ僕であった。
が、これは意外とすんなりいった。

やはり事前準備をしっかりやっていたことが功を奏したようだ。
特に迷う事なく、乗り換える飛行機の搭乗ゲートまでたどり着くことができた。
まあ、ゲート番号が書かれた案内板を血眼になって追っていっただけなのだが。

しかし、ゲートに到着したはいいものの、飛行機が飛び立つまではまだ3時間近くある

僕は近くのイスに腰を下ろしてアメリカの空気を吸いながらひと時の安らぎを楽しんでいた。

すると、直ぐ近くから日本語が聞こえる
そちらに視線を移すと、スーツを着ている日本のサラリーマンらしきおじさん2人が、イスに座って会話をしていた。

おいおい、おじさんにもなって2人で仲良く出張かよ

などと謎の上から目線をかましつつ、ちょっとぶりに聞いた日本語に安心感を感じた。
こちらが見ていたからか、その2人もちらちらと僕を見ていた。

ふと思った、

「あの2人には、今の自分はどう映っているのだろう」
「もしかして、世界を一人旅している若者みたいでめっちゃかっこいいんじゃないか」

その時の僕の格好は、ナイキのパーカーにジーンズ、さらに大き目のバックパックを背負っていたため、確かに周りから見ると世界旅行中の若者日本人に見えなくもないだろう。

だいたいこんな感じの格好だった

僕は上から目線に続き、謎の優越感にも浸った

しかし、薄皮を1枚剥げば、実態はただのTOEIC200点台である。
ただ、それっぽい感じを出しているだけなのである。

かつて、スポーツマンNo.1決定戦のPOWER FORCE(ただの綱引き)で室伏広治と闘わなければならなかったケインコスギもこんな気持ちだったのだろうか。

同じステージで戦うのはいいものの、自分の方が明らかに力負けしていることを知っている。しかし、応援してくれるファンの目がある手前、勝てる感じ(期待感)を出さないといけない

と、ここまで考えて思ったのだが、僕はそれっぽい格好で飛行機に乗ってただ移動してきただけである。当たり前だがケインコスギとは状況が全然違う。

僕は心の中でケインコスギにすぐ謝った

そう、TOEIC200点台がシカゴ空港に1人で3時間近く放置されると、心の中でケインコスギに謝るところまでいくのである。

謝っている間に搭乗の時間になり、僕は普通に飛行機に乗った。
因みに僕はケイン・パーフェクトボディ・コスギさんの大ファンである。

完全英語の世界、5日間の地獄

目的の空港についた僕は、ここから完全英語の世界で5日間を耐えきることになる。
ざっと以下のイベントを、英語が全く聞き取れない状況で乗り切った。

・講習会2日間(内容は1ミリも理解できない)
・主催者との毎晩の食事会(ほぼ単語だけ、ご飯の量も多い)
・他の参加者との情報交換(できない)
・主催者とのアメリカ観光(会話は単語だけ)

幸い、主催者の方は本当に良い人で、僕を温かく迎えてくれた。
僕が英語が恐ろしくできないにもかかわらず、嫌な顔をせず会話や食事、観光に付き合ってくれた。これに関しては感謝しかない。

しかし、肝心の英語での会話であるが、マジでガチで1ラリーもできなかった。
相手がベラベラ喋った中で、たまーに単語が1つ2つ聞き取れるので、そこから内容を推測することしかできない。
もはやクイズやってる感じだ。
そして、こちらの返答は単語か身振り手振りだけ。

自分も地獄だったが、相手も地獄だっただろう。本当に申し訳ない。

しかし、こんな中でも良かったと思う点がある。それは、どんなに英語が聞き取れなくても、相手の目を見て会話しようとしたことである。

これは、とにかく失礼の無いように振舞おうとした結果そうなったのだが、かなり効果があったように思う。どの国の人でも、真剣に目を見て話を聞こうとしてくれる人のことは悪く思わない。

英語の四面楚歌でメンタル的限界を迎えていた僕は、ホテルで1人になったときに、一人二役で日本語で会話して楽しんでた。みんなも試してほしい。何か新しい自分に気づくことができるよ。

ここで、少し僕が過ごしたアメリカの様子を紹介しようと思う。

セブンイレブン

見慣れたセブンイレブンだが日本と全然別物。もちろん店員は常に不機嫌。買いたい商品も皆無。

ちょっと控えめなハンバーガー

想像よりも控えめだがそれでも量が多いアメリカサイズのハンバーガー。

重量級のパンたち

見た目普通のパンだが、小麦粉の密度が違う。これ1つがずっしりと重い。
僕は持った瞬間「あ、これ違うな」と思って食べるのをやめた。

日本戻ってきたときの安心感半端ない

日本語の会話を一人二役で行うなどのテクニックを駆使し、TOEIC200点台の分際で何とか5日間の完全英語生活を耐えた僕は、命からがら日本に帰国することができた。

成田空港に降り立った時の安心感は今でも覚えている。

入国審査もなんでもすべて日本語が通じる。まさに怖いもの無しである。

自分は今までこんなにも恵まれた環境で生活できていたのか。
日本に帰ってきた僕はそんな当たり前の幸せをかみしめた。

そして誓った。もう二度と海外にはいかない、と。

しかし、その誓いはこれから3年で2回も破られるのである。
その話はまたの機会に。