新入社員全員が受験したTOEICでまず終わった
僕はTOEIC200点台のくせに国立大学院を修了し、東京のIT企業に新卒で入社した。
社会人になり、ようやく英語から解放されると安心していたのだが、入社してすぐに新入社員全員でTOEICを受験するという地獄のイベントがあった。
今までは学生だったので自分がTOEIC200点台でもあまり何とも思わなかったが、会社に入ったら別である。この会社に何年務めるかわからないが、英語ができない(それも恐ろしく)と周りに思われるわけにはいかない。
なんとしてでも200点台は避けなくてはいけない。
更に言うと、30人いた僕の同期のほとんどが旧帝大卒で、そのうち東大京大は10人。ドクターも7人いた。
適当な会社で英語ができないのは問題ないが、この同期たちの間で英語ができないのがバレるのはやばい。
下手をすると同じ人間として扱ってくれない。
400点は無理でも、何とか300点台後半は取れないだろうか?
もし300点台後半が取れたら、
「ほんとは400~500点は取れるんだけどな~」
「あの日は体調悪かったからかな~」
などというゴミみたいな言い訳で何とか恰好はつく。
周りからしたら400~500点もゴミだろうが、200点台に比べたらまだマシである。
僕は今までで一番真剣にTOEICを受験した。
リスニングセクションもしっかりと耳を澄まして聴き、聞こえた単語から必死に会話の意味を想像した。
リーディングセクションもそれは真剣にやった。長文なんか読めたことないのに、必死で知っている単語を見つけて文章の意味を解読しようとした。
そして過去最高に頑張ったTOEICを終えた。
頭が枯れるほど疲れていた。
後日、結果が返ってきた。
270点だった。
僕は思い出した。
自分がTOEIC200点台の人だったことを。
TOEIC200点台の人が試験中だけどんなに頑張っても200点台であることを。
こんな点数を目立たせるために使われた青色アンダーラインも可哀そうである。
ちょっとアメリカ行ってきて。1人で。
まごうことなきTOEIC200点台の人である僕は、とある米国製のシステム製品を扱うチームに配属された。
人事部がどういう判断をしてこうなったのかはわからない。
何かで読んだが、人事部にはサイコパスが多いという。みんなも気を付けてくれ。
さて、肝心の仕事の方だが、英語ができないことによる大きなトラブルはほとんどなかった。
製品の操作画面などはすべて英語だったが、システム全体がユーザーフレンドリーな設計だったため、そこは若者の感覚で何とか使いこなせた。
顧客も日本人であるためやり取りも日本語。そのため普段の業務自体は問題なく行えていた。
しかし、扱っているのは米国製のシステムである。当然開発元とのやり取りは英語となる。
これについては基本メールで行っていたため何とかなった。Googleには感謝しかない。
そのチームに配属されて3か月程度たったころである。ある日、ついに、
「開発元が主催するシステムの講習会がアメリカであるから、1人で行ってきてくれないか?」
と上司に言われた。まさかTOEIC200点台なので嫌ですと言うわけにはいかず、
「あぁ、いっすよ~」
と800点台の様な返事をし、僕は1人でアメリカに行くことになったのである。
初海外が仕事の出張でしかも1人。
かなりの不安はあったが、まあ開発元の人とは仲が良い(僕も日本で会っている)し、講習会に参加してその後みんなで少し観光するだけである。
英語の会議を行い、何か商談をまとるわけではない。
それなら、何とかなるだろう。という淡い期待もあったのである。
ちなみに、僕はその時まで海外に行ったことはなく、パスポートも持っていなかった。そのため色々と準備にも時間がかかった。大きいバックパックを買ったり、パスポートの顔写真をしっかり変な感じで撮ったりした。あれって絶対変な感じになるね。
現地の空港のマップをめっちゃ調べる
今回の出張で向かう場所へは、日本からの直行便が出ておらず、一旦シカゴ空港で飛行機を乗り換える必要があった。これは大問題である。飛行機の乗り換えなんてアメリカで1人でできるのか。
僕は日本にいる間にシカゴ空港のことをめっちゃ調べた。主に飛行機から降りた後、乗り換えの搭乗口に行くまでのルートを。
現地ではスマホの通信料がバカ高く、気軽に調べられない。僕はシカゴ空港のマップを印刷し、持っていくことにした。
これで何とかなるはず。
TOEIC200点台だから目的地に着けませんでした。なんてことになったらもう人として扱ってくれないだろう。
飛行機の中はまだ日本
いよいよアメリカに出発する日となった。
現地には5日間滞在する予定である。
僕は成田空港から出発するANAの便を利用した。空港で円をドルに換え、出国手続き(成田なので日本語)を軽やかにすまして何の問題もなく搭乗した。
そして飛行機が離陸、いよいよアメリカに向けての移動が始まる。これでもう12時間後くらいにはアメリカだ。もう引き返せない。
飛行機同様、気持ちに若干の揺れはあったものの、まだ余裕である。
何せ飛行機の中は日本語が使える。CAさんもほとんど日本人である。これはとてつもない安心感だ。
たとえ飛行機がアメリカについたとしても、飛行機の中にいる間はまだ日本。
そう、TOEIC200点台の僕は、少しでも日本にいる時間を長くしたかったのである。
しかし時間は無情にもどんどん過ぎてゆく。
エコノミーシートの洗礼を受けながら、とうとう飛行機はシカゴ空港に着陸してしまった。
それにしても、飛行機とは恐ろしい乗り物だ。わずか半日程度で日本語が一切通じない異国に送り込まれるのである。みんなもアメリカ行きの飛行機には注意してくれ。あれには乗らないほうがいい。アメリカに送り込まれる。
入国審査で当然のように詰む
飛行機から降りた僕は人の流れに乗って入国審査ゲートに向かった。
ここは正直不安だった。
英語で質問されて英語で答えないといけないのである。もちろん予習はしてきた。基本的には滞在目的(観光かビジネスか)や滞在日数、宿泊する場所について聞かれるらしいが、結局何を聞かれるかは審査官次第ということらしいのでこっちとしては不安しかない。
しかも、ちゃんと答えられない人は別室に連れていかれ、何か良くないことをされるともっぱらの噂である。
果たして、ちゃんと答えられるだろうか。
入国審査の列に並ぶ僕。前の方で1人ずつ審査官と会話している様子が見える。
ん?審査官なんか不機嫌すぎじゃない?
財布でも落としたのかな。
不機嫌っていうかなんか怒ってない?
そう、入国審査官は恐ろしく不機嫌なのである。
おそらく彼らはこの仕事に入る前に大学生の学際レベルのB級映画を2、3本強制的に鑑賞させられるのであろう。そう考えないとおかしいくらい顔が怖い。
こんな怖い顔のアメリカ人は日本にはいない。これが本場のアメリカ人なのか。
そして無情にも僕の順番が回ってきた。相変わらず不機嫌そうな審査官。
僕は全神経を耳に集中させた。1つでも多くの単語を聞き取るために。
その結果、
審査官「ワーワーワー・・・」
でた、ワーワーワーである。全く聞き取れない。何を聞かれているかわからない。
※ワーワーワーが何かわからない人はこちらの記事をご覧ください。
この状況で僕にできることは、予習してきた「審査官によく聞かれる質問」の答えを適当に選んで答えることしかなかった。
僕「あ、あー、、ビジネスミーティング、、」
審査官「No!」
僕「え、えーと、、ふぁ、ファイブデイズ」
審査官「No!」
地獄である。
相手も地獄だろうが、なんせ顔が怖い。
僕「う、、で、ディスホテル(宿泊するホテルが印刷された紙を見せながら)」
審査官「OK」
当たった。これは何のゲームだ。もっとヒントが欲しい。
後の質問もこんな感じで何とか答えきった。
恐れていた別室に連れていかれることはなかったが、審査官の顔は最後にはこの世のものとは思えない表情になっていた。あれはおそらく生きている人間ではない。
そして、僕の次の人ごめんなさい。
そして僕はこの恐ろしい入国審査ゾーンを脱出し、飛行機の乗り換えに挑むのであった。
続きはこちら。